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銃の知識

「マシーネンピストーレ」完全解説|MP18からMP40まで、ドイツ軍SMGの歴史と謎

マシーネンピストーレMP40ドイツ軍サブマシンガン第二次世界大戦

マシーネンピストーレ 早見表

項目 MP18 MP38 MP40
採用年 1918年 1938年 1940年
設計者 ヒューゴ・シュマイザー ハインリヒ・フォルマー ハインリヒ・フォルマー
口径 9×19mm パラベラム 9×19mm パラベラム 9×19mm パラベラム
マガジン容量 32発(バナナ型) 32発(ストレート型) 32発(ストレート型)
重量(空) 4.18 kg 4.10 kg 3.97 kg
全長(ストック展開) 832 mm 833 mm 833 mm
発射速度 約400発/分 約500発/分 約500発/分
製造コスト 高(機械加工) 高(機械加工) 低(プレス加工)
主な配備先 突撃歩兵 将校・装甲兵・空挺 歩兵全般・装甲兵

マシーネンピストーレとは何か?

マシーネンピストーレ(Maschinenpistole) とは、ドイツ語で「機関拳銃」を意味する単語です。英語圏では 「サブマシンガン(Submachine gun、SMG)」 と呼ばれるカテゴリに相当します。拳銃弾(9mmパラベラム弾など)を使用しながらフルオート連射が可能なコンパクトな自動火器——それがマシーネンピストーレの定義です。

20世紀初頭、各国の軍は「ライフル弾を使用した通常歩兵銃」と「拳銃」の中間に位置する新しい火器カテゴリの必要性を感じていました。特に第一次世界大戦では塹壕戦が主体となり、狭い塹壕内での近距離戦闘においてボルトアクションライフルの扱いにくさが大きな問題となっていました。1発撃つたびにボルトを引き、装填し直す手間は、互いに数十センチの距離で戦う塹壕突撃の場面では致命的な遅さでした。

この喫緊の需要に応えたのが、ドイツで生まれたマシーネンピストーレという新概念でした。


誕生の歴史:世界初のSMG・MP18

塹壕戦が生んだ革命的火器

マシーネンピストーレの歴史は、1918年に遡ります。ドイツの銃器技術者 ヒューゴ・シュマイザー が設計し、第一次世界大戦末期に登場した MP18 が、世界で初めて実用化されたサブマシンガンとして歴史に刻まれています。

MP18は9×19mmパラベラム弾を使用し、ルガーP08のスネイルドラム型(後にバナナ型32発マガジンに変更)を採用していました。塹壕突撃隊(シュトルムトルッペン)に配備されることで、狭い塹壕での近接戦闘に革命をもたらしました。1発撃てば次の弾が自動装填されるフルオートの凄まじい火力は、当時のボルトアクションライフルとは次元が異なる制圧力を発揮しました。

しかし、1918年11月に第一次世界大戦が終結したため、MP18が戦場で真価を発揮する機会は限られていました。

ヴェルサイユ条約という制約の中で

第一次世界大戦の終結後、1919年のヴェルサイユ条約によりドイツはMP18の保持・生産を制限されました。しかしシュマイザーは設計の改良を続け、1928年に MP28 を世に送り出します。

MP28はMP18に対して重要な改良を加えていました。それが セミオート/フルオート切替機能 の追加です。これにより、より戦術的な柔軟性を持つSMGとなり、商業的にも成功を収めてヨーロッパや南米の一部の国に輸出されました。この時代のドイツ銃器技術の高さは、条約の制約の中でも輸出市場で証明され続けたのです。


進化の系譜:MP38とプレス加工革命

木材をなくした次世代設計

1930年代、ドイツが再軍備を本格化させる中、新たなマシーネンピストーレとして MP38 が1938年に登場します。MP18/MP28との最大の違いは、木製ストックを廃止して折りたたみ式金属ストックを採用 したことです。折りたたむことで全長を大幅に短縮できるため、戦車・装甲車のハッチから乗降する際や、車両内での携行がはるかに容易になりました。

MP38はまた、ベークライト(初期のプラスチック)製グリップとフレームの一部を採用した最初の軍用SMGでもありました。全体的にオールメタル・プラスチックの設計で木材を一切使用しないその外観は、当時の銃器としては非常に未来的に見えたことでしょう。

MP40:100万丁を生んだ量産設計の天才

MP38の最大の弱点は、機械加工を多用した高い製造コスト にありました。精度の高い機械加工は品質を保証しますが、時間とコストがかかりすぎる——第二次世界大戦が始まると、大量配備が急務となり、この問題が表面化しました。

1940年に登場した MP40 は、この問題を根本から解決しました。プレス加工(スタンピング)技術を多用することで、製造コストを劇的に削減しながら、MP38の性能をほぼそのまま維持することに成功したのです。

MP40は1940年から1945年の間に 約100万丁以上 が生産されたとされています。Erma Werke、C.G. Haenel、Steyrなど複数のメーカーが並行生産することで、東部戦線・北アフリカ・ノルマンディーまで、あらゆる戦線でドイツ兵の手に渡り、第二次世界大戦を象徴するSMGとして歴史に刻まれました。

MP40の詳細なスペックや歴史については、MP40の詳細解説記事も合わせてご覧ください。


MP18・MP38・MP40 詳細比較

モデル 採用年 設計者 生産数 特筆すべき点
MP18 1918年 H・シュマイザー 約35,000丁 世界初の実用SMG、バナナ型マガジン
MP28 1928年 H・シュマイザー 不明(数万丁) MP18改良型、セミ/フル切替追加、輸出成功
MP38 1938年 H・フォルマー 約40,000丁 折りたたみストック採用、オールメタル設計
MP40 1940年 H・フォルマー 100万丁超 プレス加工量産、WWII最多配備SMG

第二次世界大戦での活躍

電撃戦の立役者

MP40は、ドイツ軍の 電撃戦(ブリッツクリーグ) 戦術と相性が抜群でした。機動力を最重視する装甲部隊では、コンパクトなMP40が戦車兵・装甲車兵の標準装備として採用されました。ストックを折りたたんだ状態でも携行でき、展開すれば肩当てして正確に射撃できる利便性は、高速機動を要求される電撃戦に最適でした。

ポーランド侵攻(1939年)、フランス侵攻(1940年)、そして北アフリカ戦線でのロンメル将軍麾下のアフリカ軍団でも、MP40は砂漠の過酷な環境下で使用されました。

スターリングラードの市街戦

東部戦線のスターリングラード攻防戦(1942〜43年) は、MP40の真価と限界の両方が露わになった戦場でした。廃墟と化した市街地での近接戦闘では、Kar98kカービン(ボルトアクションライフル)よりもSMGの方が圧倒的に有利であり、ドイツ軍にとってMP40は頼みの綱となりました。

しかし、ソ連軍は71発ドラムマガジンを持つ PPSh-41 という独自のSMGを大量投入して対抗。MP40の32発マガジンに対してPPSh-41の71発ドラムマガジンは連続射撃時間において大きなアドバンテージをもたらし、数の上でドイツ軍を圧倒しました。ソ連軍のPPSh-41については、PPSh-41の詳細記事をご覧ください。

同時期にアメリカ軍が使用していた トンプソンM1A1 もMP40の有力なライバルで、.45 ACP弾による強力な制圧力で知られていました。

MP40の弱点と限界

MP40は多くの美点を持つ反面、いくつかの弱点もありました。

  1. マガジン容量の少なさ:32発はPPSh-41の71発に比べて著しく少なく、連続制圧射撃には不向きでした
  2. マガジングリップの問題:マガジンをフォアグリップ代わりに握る習慣のある兵士の間で、手の熱や圧力による給弾不良が多発しました
  3. 寒冷環境での作動不良:極寒の東部戦線では潤滑油が凝固して作動不良を起こすケースが報告されました

「シュマイザー」という誤称の謎

連合国兵士が広めた俗称

第二次世界大戦中から現在に至るまで、MP40はしばしば「シュマイザー」という名で呼ばれています。戦争映画でも「シュマイザーを持ったドイツ兵」という表現が使われることがあります。しかし、これは 歴史的に不正確な呼称 です。

MP40の実際の設計者は ハインリヒ・フォルマー(Erma Werke社)であり、ヒューゴ・シュマイザーはMP40の設計に一切関与していません。シュマイザーが設計したのはMP18とMP28であり、「シュマイザー=MP40の設計者」は完全な誤りです。

なぜ誤称が定着したのか

なぜこの誤称が広まったかについては諸説ありますが、最有力説は次の通りです。第一次世界大戦でヒューゴ・シュマイザーが設計したMP18が、すでに「シュマイザー銃」として連合国の間で知られていました。その後、第二次世界大戦でドイツ軍が使用するSMGを見た連合国兵士が、見た目が似ているSMG全般を「シュマイザー」と呼ぶ習慣が生まれ、そのまま定着してしまったと考えられています。

この誤称が映画・小説・ゲームの世界でも繰り返し使われることで、今日に至るまで広く信じられています。銃器の世界で名称の誤りが定着した例としては、StG44(シュトゥルムゲヴェール) も「突撃銃」という概念の名称として広まった経緯がありますが、こちらは誤りではなくヒトラーが命名した正式な愛称です。


現代への遺産:マシーネンピストーレが変えた戦術思想

SMGの量産化という革命

MP40の最大の功績は、単なる武器の性能にとどまらず、「SMGを前線歩兵の標準装備に組み込む」という戦術概念を確立したことです。MP18・MP28の時代、SMGは将校・特殊部隊・突撃隊の補助的な火器にすぎませんでした。しかしMP40は100万丁という大量生産によって、一般歩兵に広く配布される主力火器として認識されました。

この思想は戦後の軍事ドクトリンに引き継がれ、冷戦期には H&K MP5 が世界の警察・特殊部隊標準SMGとして普及しました。現代では H&K MP7 のような個人防衛火器(PDW)カテゴリへと発展しています。マシーネンピストーレが生み出した「歩兵のSMG常備」という概念は、現代の近接戦闘戦術の礎となっています。


エアガンでマシーネンピストーレを楽しむ

MP40エアガン選びのポイント

第二次世界大戦ドイツ軍のロールプレイや、WW2テーマのサバゲーイベントでMP40の雰囲気を楽しみたい方向けに、日本市場では主に2つのエアガンが流通しています。

東京マルイ MP40 電動ガン は、安定した動作性能と命中精度で定評があります。東京マルイの高品質ホップアップシステムにより、サバゲーフィールドでの実戦使用にも十分対応します。初心者から中級者まで幅広い層におすすめのモデルです。

S&T MP40 電動ガン は、より本格的なメタルフレームにこだわるユーザーに人気です。重量感ある金属製ボディが当時の雰囲気を強く醸し出し、コレクション目的やWWII再現イベントにも最適です。

WWII系エアガンを探している方へ

MP40以外にも、WWII時代の名銃をエアガンで楽しむ選択肢は豊富です。ソ連軍としてロールプレイしたいなら PPSh-41、アメリカ軍ならトンプソン、ドイツ軍の突撃銃ならStG44など、gunsdbでは各銃の解説とエアガン情報を詳しく紹介しています。

MP40実銃の詳細スペックは実銃カタログのMP40ページでも確認できます。StG44のスペック比較にはStG44のカタログページもどうぞ。


よくある質問

マシーネンピストーレとはどういう意味ですか?

ドイツ語で「機関拳銃」を意味し、英語の「サブマシンガン(SMG)」に相当するカテゴリです。拳銃弾を使用しながらフルオート射撃が可能なコンパクトな自動火器を指します。1918年にヒューゴ・シュマイザーが設計したMP18が世界初の実用モデルとされており、ドイツはこのカテゴリの先駆者として銃器史に名を刻んでいます。

MP40とMP38の違いは何ですか?

MP38は機械加工を主体として製造されており、製造コストが高く生産数が限られていました(約40,000丁)。MP40はプレス加工(スタンピング)を多用することで製造コストを大幅に削減し、100万丁以上の大量生産を実現した量産型です。外観上の主な違いはレシーバーの加工仕上げとグリップ部分の形状にあります。作動性能・口径・マガジン容量は実質的に同一です。

「シュマイザー」という呼び名は正確ですか?

不正確です。MP40の設計者はErma Werke社のハインリヒ・フォルマーであり、ヒューゴ・シュマイザーはMP40の設計に関与していません。シュマイザーが設計したのはMP18とMP28です。「シュマイザー」という俗称は、第一次世界大戦でMP18を「シュマイザー銃」として認識していた連合国兵士が、WWII時代のドイツSMG全般に誤って付けた呼び名が定着したものです。

MP40は現在でも実際に使用されていますか?

正規軍での採用はありませんが、一部の紛争地域や民兵組織で現役使用の報告があります。アフガニスタンや中東での内戦でMP40が押収・発見されたケースが複数記録されており、80年以上経過した今でも使用可能なほど基本設計が堅牢であることを証明しています。

MP40のエアガンは日本で購入できますか?

はい。東京マルイとS&Tが日本市場向けにMP40の電動ガンを製造・販売しています。東京マルイ版はサバゲーでの実戦使用に優れた性能を発揮し、S&T版はより重厚なメタルフレームが特徴です。価格帯は東京マルイが2万円台後半〜、S&T版は1.5万円前後が目安です。

マシーネンピストーレはCoDなどのゲームに登場しますか?

はい。Call of Duty: WWII、Call of Duty: Vanguard、Battlefield V、Hell Let Loose、Post Scriptumなど多数のWWIIをテーマにしたFPSゲームにMP40として登場します。特にCoDシリーズでは初期モデルとしてMP40が登場するケースが多く、WWII FPSゲームファンにとって最もなじみ深いSMGの一つです。

MP40の生産数はどのくらいですか?

1940年から1945年の間に約100万丁以上が生産されたとされます。Erma Werke、C.G. Haenel、Steyrなど複数のメーカーが並行生産したことで大量供給が実現しました。MP38の約40,000丁と比較すると、プレス加工による量産設計がいかに革命的だったかがわかります。


まとめ

  • マシーネンピストーレ(Maschinenpistole)はドイツ語で「機関拳銃=SMG」を意味する
  • MP18(1918年) が世界初の実用SMGで、設計者はヒューゴ・シュマイザー
  • MP38(1938年) で折りたたみストックとオールメタル設計を確立
  • MP40(1940年) はプレス加工の量産型で100万丁以上を生産。WWII最多配備SMG
  • 「シュマイザー」は誤称。MP40の設計者はハインリヒ・フォルマー(Erma Werke社)
  • 現代のH&K MP5MP7など多くのSMGにマシーネンピストーレの設計思想が受け継がれている
  • 日本では東京マルイ製S&T製のMP40電動ガンが入手可能

MP40の実銃スペックをさらに詳しく調べたい方は、MP40カタログページをご確認ください。StG44やPPSh-41など同時代のWWII名銃も、gunsdbでは詳細に解説しています。

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